2023/12/12 09:28
沖縄の旅に出た私はさらに自然を求めて石垣島へ向かいました。
石垣島からは各離島へのフェリーが出ているので、石垣島を拠点にして離島めぐりをすることにしました。
石垣島ではついた途端に、どうしても大きな絵を描きたくて、泊まったゲストハウスのオーナーに話をして、壁画を描かせてもらいました。
ギャラは宿泊代と絵の具や画材など、必要な物を揃えてもらいました。
そのゲストハウスが経営しているキャンプ場が私はとても気に入って、そこにしばらくいました。
キャンプ場は気楽で、昼はのんびり海辺をたくさんスケッチして歩きました。
海辺に山羊のいるログハウスのカフェがあり、私はその海岸沿いが好きでした。
そのカフェの横でシーサーの焼き物を作っているおじいさんの熊さんと知り合い、絵の事を話すのが楽しみで、似顔絵を描き合ったりしました。
海を見ているからか、熊さんは輝く青い目をしていました。
物を作る人は一緒にいても心が乱される事がなくいられるので、心がゆらゆらしていた私は幾分、そこで心が救われました。

とある日、海辺の音楽イベントがありました。
そこで「海さんですか?」と声をかけられて観光協会のNさんと会いました。
「以前テレビ番組で見たので、声をかけました」と言って、「来週石垣島に東京のテレビ番組の収録イベントがあるからライブペイントで出て欲しい」と言われて後日番組に出ることになりました。
私は1時間のライブペイントをテレビ番組で描きました。
その後、新聞記事とテレビ番組を見た有名な塩工場の社長さんが、マンションの居酒屋さんに壁画を描いて欲しいということになりました。その時からはそのマンションに滞在していました。
表の壁画を描いていると、裏のビルの社長さんが来て、うちにも描いて欲しいと言いました。シーサーなど沖縄の壁画を描きました。
離島の人々は、島を好きになってくれる事が嬉しいから、たくさん親切にしてくれるのです。私もそれに答えて島の良い物を聞いたり見たりして絵に取り込んでいきました。
島の人たちはなんとなく気が合って、本当に親切に面倒を見てくれました。
その社長さんの弟さんの会社にも行きました。
大きな12メートルのコンテナがあるから、これにも描いて欲しいと言われて描きました。
壁画を描いていると、いつも焼き物の熊さんが自転車で見に来てくれて、頑張ってるね。と声をかけてくれました。
彼だけは本当に私が思っていることを理解してくれているんだ、と感じていました。それは作る側の気持ちの持ち方が似ていたという事だと何年かしてわかりました。
観光協会の方や知らないエライ人達、有名ボクサー、社長さんなど、短期間に紹介されて、夜はそういう方に誘われて、誰かしらと飲み会に顔を出していた毎日でした。

もちろん、島に来て遊びもいろいろ体験しました!
魚の網漁や、社長さんが自由に使っていいと言って鍵をくれたジープで友達と石垣島一周のキャンプに行ったり、自然児な美人のKちゃんと誰もいない海で水着も着けずに泳いだり、サトウキビをかじったり、台湾人のお母さんが一人でやってる飲み屋さんも好きでした。

その間をぬって、離島めぐりもしました。次は離島のお話し。
